KeiYamamotoの雑記

考えたことや見て聴いたことを綴ります

スダーン/東響

東京交響楽団のオペラシティ定期、会場は8割くらいの入りで賑わっていた。スダーンの登壇に期待が高まる。

1曲目のメンデルスゾーンからこの日の好演はわかりきったようなものであった。ヴァイオリン主体の伝統的なアンサンブルにより、暖かで味わい深い仕上がりとなった。

郷古と岡本がソリストとして登場したブラームス、スダーンはオーケストラを安定して鳴らし、ソリスト達と協調して瑞々しい演奏を遂行。

後半はシューマン交響曲第3番。開演前に読んだプログラムにマーラー版と書いてあり、それならあらかじめそうアナウンスしてほしかった。しかしそれは今日の名演の前には瑣末な話でしかない。冒頭からアクセントが強調され、それによりヘミオラのリズムが若干停滞気味であったが、第2楽章以降盛り返した。中間楽章におけるヴィオラの活躍は目を見張る。物語を朗読するような明晰でふくよかな響きが全体に厚みのあるアンサンブルを作り上げるのに貢献していた。活力あるフィナーレはスダーンの独壇場。テキパキと指示を与えながら、音楽に推進力をもたらしていた。

終演後のお客は和やかに拍手する。そのためソロカーテンコールには移行しなかったが、このような暖かな、じんわり染み入る平常なコンサートは何年振りだろう。そんなことを感じ入りながら帰路についた。

一点気になったのは東響のアンサンブルである。音楽監督であるノットにピッタリつけてゆくアンサンブルができるようになったのは喜ばしいことでそれは良いことである。しかしながらスダーンのような、美しい音を丁寧に鳴らし、オーソドックスなスタイルの演奏の中にふくよかさと暖かみをもたらすタイプの演奏が苦手になっているのではないかという疑念が頭をよぎった。杞憂であれば良いが。