KeiYamamotoの雑記

考えたことや見て聴いたことを綴ります

前田朋子&上杉春雄

今やこのようなスタイルでブラームスを聴けるのはここだけだろう。

前田朋子のリサイタルを聴きに県立音楽堂へ。ご縁があり拝聴することになった。その経緯は書くと関係各所にまずいので省略。

今回のリサイタルは、その演奏スタイルから言及しなくてはならないだろう。幅の広いビブラートを使い、弓を自在に操る。そこから出てくる音はまろやかの極みである。これが年配者が憧憬を持って語る「ウィーンの響き」であろう。今やこの音を聞けるのはここだけと言っていい程、演奏スタイルが画一化された現在では貴重であった。

第1番から相当に豊かな音楽である。このまろやかな音は、現代のHIPに慣れた耳に馴染むまで時間がかかる。しばらくすると慣れてきて音楽の中に没入することができる。

第2番はいくぶん速いテンポで演奏。このスタイルなら第2こそゆっくりかと思ったが、意外にそうでもない。

第3番が本日の白眉。相当な難曲だが、スムーズに進行してゆく。このニ短調ソナタは他の2曲に比して、ブラームスが1876年以前の作曲技法に戻ったように見受けられる。あたかも《ピアノ協奏曲第1番》のようなリズム展開を重視した書法に回帰しているかのようだ。しかし今日のようにリズムが伸縮しながら、それでいて流れを停滞させないように緻密に計算した演奏では、《ピアノ協奏曲第1番》の様には感じない。むしろ前の2つのヴァイオリンソナタと同じ、音程関係を重視した、横の流れに気を配った技法に感じられる。その意味において、面白い発見がある演奏であった。

ここでピアノの上杉の活躍を特記しなくてはならない。終始前田に寄り添い、音が音楽堂に満ちる暖かな演奏をした。これが無くては本日の覇気の良いヴァイオリンと調和しなかっただろう。

アンコールは連弾でブラームスの《ワルツ集》から。これは本来連弾作品であるから、ブラームスが意図した姿で聴けたのは幸い。暖かく静かに締めくくった。

やはりブラームスのピアノとヴァイオリンのためのソナタは、ヴァイオリン演奏者にとって難関であるし、夢が詰まっている。前田はそれを派手でもなく、煌びやかでもなく、まろやかに暖かく響かせた。これはブラームス演奏における一つの解答であろう。