KeiYamamotoの雑記

考えたことや見て聴いたことを綴ります

沖縄2024

南海の麗しき島は、いつも通りであった。

3/6-11で那覇恩納村へ行った。前半は一人で那覇を見物し、後半は父と恩納村でゆっくりした。あまり天気がよくない中、那覇へ。飛行機はそれなりに揺れた。それでも那覇空港に着いた時の安心感は何物にも代えがたい。

今回は馴染みのそば屋を2軒、お初のそば屋を4件食べ歩いた。店のこだわりポイントが違うため、全く味が異なる。それがなかなか面白いところではある。牧志公設市場でミーバイの持ち上げもやってみた。刺身とバター焼きにしたが、天下の美味であった。やはりハタ科の魚はすごい。別日には、何回も訪問している飲み屋で古酒を飲んだりもしたが、こんなに落ち着いて過ごせる飲食店もそんなに無い。

沖縄に来るとついつい沢山買いすぎてしまう。琉球菓子はいつも、新垣カミ菓子店で購入するが、儀保の店が移転していた。100mくらい離れた道路沿いに新店舗はあったが、ぴかぴかになっていた。壺屋は焼物の街だが、ここではついついシーサーを買ってしまった。

マングローブの湿地を見たり、波の上ビーチへ行ったりと、那覇市内の自然にも触れた。ちょうどブーゲンビリアが満開で、どこでもきれいに咲き誇っている。

中国との交流による文化も、今回多く触れた点である。おなじみとなった、久米の孔子廟へのお参りも欠かしていない。私の学業の平安をここで拝むのは相変わらず。首里城の復元工事は順調で、木組みが形となっていた。完成は2年半後だが、工法が複雑なため、間に合うかは不透明。今回は「中山弟一」と書かれた石碑の存在に気付いた。ここは中山王がいたのだと痛感させられる。玉陵で第二尚氏の墓もたずねた。ここには歴代の王が眠る。琉球の安寧を祈願した。

沖縄県立博物館に初めて行った。ここには前から見たかった、「万国津梁の鐘」がある。琉球東シナ海の架け橋であったことを実感させられる。傍からは熱心に展示を見ていたようで、係員の方に声を掛けられ、様々なお話を伺った。沖縄の昔から、最近に至るまでの様々な問題についてであった。眼から鱗だったのは、沖縄の標準時の問題。私は日の出と日没の時間が東京より一時間遅いことから、生活の問題として標準時を遅くした方が良いと思っている。係員の方が仰るには、東京より一時間遅くすることで、沖縄の証券会社が東京より遅くまで取引できる。これは中国と同じ時間にすることで、経済的メリットが大きいとのこと。政治的な問題で標準時をずらせないのはわかるが、何たる皮肉だろう。共産圏を忌避することで、資本主義を放棄しているのである。係員の方は沖縄からの見方を教えて下さる。私は関東の見方で物を見ているので、知らないことも多い。それでも一致したのは、沖縄は東京より福建の方が近いため、嫌でも中国との関係は考えていかなくてはならないこと。それは中国の政治体制がどうとか、好き嫌い以前の、地理的宿命である。

後半は父と恩納村のリゾートホテルに宿泊した。ムーンビーチは1975年開業で、沖縄では一番の老舗。改装もしているが、残すべきところは残すことで、雰囲気の良い空間になっている。建設工事は國場組が担っているが、ここまで頑丈な建物を、昔の國場組は造れたのだと、國場組を見直してしまった。敷地内は自然にあふれ、リラックスできる。自然と共生する観光産業の重要性を見た気がした。海は日が差すと、この時期でも最高に美しい。海辺にいると、一年の心の澱も消えていく。

那覇空港へ向かう帰り道、嘉手納基地を見渡せる道の駅に寄った。広大な嘉手納基地で、軍用機が轟音を立てて訓練をしている。これが沖縄の現実だと考えると、心が重くなる。米軍の是非や軍事バランス以前に、住民の環境が悪すぎる。基地があることによる莫大な遺失利益を考えるまでもなく、人権の問題である。次に中城城にも寄った。ここは眺めがよく、ここに城を築いたのもよくわかる。神の島である久高島も拝めた。だが普天間所属の軍用機が頭上を頻繁に通り過ぎる。私の家の近くにも米軍基地はあり、騒音問題は他人ごとではない。しかし沖縄は次元が違う。あまりにもうるさすぎる。人権の問題として、どうすべきか考えていかなくてはならないようだ。

最近の沖縄は観光客が多い。オーバーツーリズムの問題も顕在化している。以前は日本人と、中国人の団体が多かった。最近は欧米のみならず、韓国や中国、台湾からの個人観光客が多い。若年の日本人も顕著に多くなった。3月は大学生くらいの人々が多く訪れている。余談だが、私は外国の方に、写真を撮ってくれと頼まれることが多い。今回も2件あった。それだけ多くの人々が沖縄に来るようになり、うれしくもあるが、同時に人が多すぎて不便を感じることもある。

様々書いたが、万座毛のように、環境保護料を徴収すること多くなったりと、沖縄も変わってきている。環境保護をしつつ、沖縄を楽しむ工夫が必要である。今回は私の調子も安定していて、大いに楽しめた。次回沖縄島へ行く時期は未定だが、私には欠かせない場所のようだ。